寄稿 小野武年先生、田村了以先生 

松本元先生の研究グループ(理研グループ)と当教室(富山医科薬科大学医学部生理学講座)とは,
19991月より,脳内の複数領域から多数のニューロン活動を同時記録するシステムの構築とそれを用いて学習記憶と情動の機能連関を解明する目的で共同研究を開始した.本共同研究発足当初より,理研グループからは小林恒之氏と加藤英樹氏が当研究室に出向・常駐し,また,20004月からはトラン氏(ベトナムハノイ大学医学部出身)が加わり,当教室員との密接な連携の下で,多数神経活動同時記録解析システム開発および記憶と情動の機能連関の研究を並行して行ってきた.松本先生ご自身も頻繁に来富して熱心にご指導され,また,当教室スタッフも,たびたび松本先生の研究室を訪問させていただいて本共同研究のための討論をかさねてきた.さらに昨年(平成14年)当教室で主催した国際シンポジウム「大脳辺縁系と連合皮質系:基礎,臨床および計算論」(平成14107日から1012日に富山市サンフォルテを主会場として開催)で,松本先生もco-chairmanとして,シンポジウムの運営面,ご自身でのご発表等で大いに活躍していただき,多大なる成果をあげることができた.

本共同研究の現在までの進捗状況:多数神経活動同時記録解析システム開発に関しては,初期計画時の仕様から多少の変更はあったけれども,実験動物の行動制御システムを含めてほぼ全システムの構築を完了した.また,並行して行っている学習記憶と情動の機能連関についての研究に関しても,遺伝子(ドパミンD2受容体)ノックアウトマウスの側坐核からのニューロン活動記録やラット海馬からの場所細胞活動記録など次々と成果がでてきている.以下に,本共同研究の成果報告を行った論文(文献1および文献2)の論旨を記す.

  1. Tran, A. H., Tamura, R., Uwano, T., Kobayashi, T., Katsuki, M., Matsumoto, G. and Ono, T.  Altered accumbens neural response to prediction of reward associated with place in dopamine D2 receptor knockout mice.  Proc. Natl. Acad. Sci., 25: 8986-8991, 2002.

    マウス側坐核ニューロンの場所関連報酬予測応答に対するドパミンD2受容体ノックアウトの影響

    中脳ドパミン神経系活動は,将来の出来事(報酬獲得など)の予期を形成する神経機構に関っていることが知られている.解剖学的に密なドパミン性支配を受け,同時に大脳辺縁系と大脳皮質系からの投射が収束する側坐核は,報酬獲得行動の発現に重要な役割を果たすと考えられる.本研究では,報酬,報酬予期および場所認知に関わる側坐核内ドパミン系の役割を明らかにするため,ドパミンD2受容体ノックアウトまたはワイルドタイプのマウスの側坐核から単一ニューロン活動を記録し行動課題応答性を比較・解析した.各マウスは,不特定な場所で脳内自己刺激報酬が与えられる任意の報酬場所探索課題をあらかじめ訓練された.この課題を十分訓練した後,オープンフィールド内の特定の2個所でのみで報酬が与えられる場所学習課題を訓練し,これら行動課題を遂行しているマウスの側坐核から単一ニューロン活動を記録した.行動上,ノックアウトマウスはワイルドタイプのマウスと比較して,オープンフィールド内での活動性が低く,また,場所学習の獲得が遅延していた.ワイルドタイプマウスの側坐核では,記録したニューロンの約40%が報酬および報酬予期の両方へ応答したが(図1A),ノックアウトマウスの側坐核では,報酬予期応答(とくに抑制応答)が失われていた(図1B).一方,ノックアウトマウスの側坐核では,場所応答を示すニューロンの割合が増加していた.以上の結果より,1)D2受容体は報酬予期に直接に関与する,2)D2受容体ノックアウトにより場所応答性が側坐核内で代償性に増加するなどの知見が得られた.

  2. Kobayashi, T., Anh, T.H., Nishijo, H., Ono, T., and Matsumoto, G. Contribution of hippocampal place cell activity to learning and formation of goal-directed navigation in rats.  Neuroscience 117: 1025-1035, 2003

    (ラットにおける目標指向ナビゲーションの学習および行動形成への海馬体場所細胞活動の役割)

    海馬破壊がナビゲーション行動に障害を与えることはこれまで多くの研究により示唆されてきたが,特定の場所へ至る経路の学習が進行する過程で,海馬の神経細胞がどのような役割を担っているかについて不明な点が多い.本研究は,ラットがオープンフィールド内の特定の場所で報酬を獲得するために,効率的なナビゲーションを学習する過程で,海馬のニューロン応答がどのように変化するかを調べた.ラットは,まず,不特定な場所で脳内自己刺激報酬が与えられる任意の報酬場所探索課題を十分訓練した.次に,オープンフィールド内の特定の2個所でのみ報酬が与えられる新奇な場所学習課題を訓練し,その課題習得過程で海馬の単一ニューロン活動を記録してニューロン応答と学習成立過程の相関を解析した.ラットは,場所学習課題で,数セッション以内に報酬場所を学習し,学習の全過程を通して次第に効率的なナビゲーションを行うようになった.記録した海馬ニューロンの中には,図2Bに示すように,場所学習が進行するにつれ次第に空間的な応答性を変化させ,効率的なナビゲーションが確立すると報酬の獲得できる場所で強い応答を示すニューロンがあった.また,海馬のニューロン活動の変化と効率的な経路の形成との間には高い相関関係があった.学習成立後,任意の報酬場所探索課題を用いて同じ海馬ニューロンの活動を調べたところ,場所学習課題で認められた場所応答性は消失していた(図2Ab).これらの結果より,海馬ニューロンが効率的なナビゲーションの形成に重要な役割を果たすこと,および海馬のニューロン応答は環境を構成する物理的な構造のみならず生体の環境との関わり方も表現している可能性が示唆された