MiCAMにおける、膜電位光測定のノイズに関する考察と可能性

ブレインビジョン株式会社 市川道教

CCDなどの電子的なカメラで撮影した映像信号には、様々な雑音が含まれます。そのうち計測上、最も大きく影響するのは、ショットノイズです。ショットノイズの源は光量子であるので、これを取り除くことは不可能です。次に影響するのは、暗電流ノイズで、熱揺らぎや電気的な不確定性により発生します。膜電位の光計測では多くの場合、暗電流ノイズはショットノイズに比べ小さいので、注意すべきはショットノイズだけです。

ショットノイズは光量子がセンサーで光電変換される時に発生します。例えば、平均的に、1個の画素にある時間で降り注ぐ光量子数が10000個であっても、確率的な分布があるので、量子個数の平方根に比例して揺らぎます。すなわち、10000の平方根は100ですから、概ね、9950個から10050個の間で揺らいでいます。これは物理的な現象であって、どのようなセンサーであっても変わることはありません。このため、膜電位感受性色素のように変化量が少ない場合は極めて大きく結果に影響が現れます。0.1%の変化を正確に記録するためには、最低でも1画素につき100万個の光量子が必要であると言えます。

そこで、1画素が扱う光量子の数を増やすには、光電変換によって発生した電荷の画素に貯まる電荷量を増やす方法が有効です。半導体に形成できる容量は面積に比例するので、大きな画素ほど大量の電荷が蓄積でき、ノイズが小さいということが言えます。つまり、大きな画素のセンサーに明るい照明を用いるならノイズ性能は向上します。逆に言うと、輝度が十分でない限り、どのようなセンサーを用いても微少な変化を高解像に高速に捕らえることは不可能です。ところが、照明には限界があります。特に蛍光観察の場合は光源に相当に大きな電力を用いても、輝度が不足することが多く、大きな画素のセンサーに十分な光を照射できないのが普通です。光源に300W以上の巨大なランプを用いて無理に輝度を強めると、光路中のフィルタやレンズなどが破損することもあり、普通の光学機器では蛍光輝度を10倍に高めることは非常に難しいでしょう。

これまで光計測の主流の考え方は、光を強め、センサーを大きくしてショットノイズを小さくするという直線的なものでした。吸光の場合には容易に達成でき、これを実現したのは、私たちが電総研で1991年に完成したMOSセンサーを用いた光計測装置です。しかし、蛍光の場合、この装置を効率よく使用するには、光学系や染色などについて相当の配慮が必要で、不可能ではありませんが、困難であると言えました。そして、最終的に問題となるのは、蛍光色素の脱色の問題です。RH-795色素の場合では、1秒程度の記録でも脱色が顕著で、系統的に安定な記録をすること難しく、一発勝負でデータを取る必要がありました。つまり、安定な計測を望む限り、輝度はそれほど明るくできないというのが結論です。従って、大きなセンサーの利点を十分に生かすことはできないのです。

では、高解像と高速を両立した蛍光計測はできないのでしょうか? 結論から言えば、これを解決する手法はアベレージングと信号処理です。1回の計測ではノイズに埋もれて見えない現象でも16回や64回のアベレージングによって見えます。アベレージングが嫌われるのは繰り返し起こせない現象には適応できないからです。当然ですが、もし1回の試行だけで計測する必要があるならば、アベレージングはできません。しかしながら、もし、”起こせない”としても”起きる”ことが加算計測できるならばアベレージングの適応範囲は広がります。

例えば、自発発火の状態を計測することを考えましょう。ある細胞が自発発火しているとき、この自発発火に関連している他の神経の活動を計測するという課題です。一見するとこれは単発現象でありアベレージングは不可能に見えます。しかし、細胞活動を電極でユニット観察できるならば、アベレージングが可能になります。つまり、ユニットの記録を、増幅して映像記録装置のトリガに入力します、このトリガの前後の映像をメモリに記録しアベレージングすれば、非同期のノイズは減少し、この細胞に同期した信号が強調されます。ここで重要なのは、トリガのタイミングの前後というところです。トリガの前とは、この細胞を発火せしめる活動に関連しており、後とはこの細胞の発火が影響したことに関連する可能性があります。トリガの前と後を記録するという意味で、プレーポストトリガ機能といわれるものですが、この機能を装備するかどうかが分かれ目です。信号処理も重要で、ショットノイズの性質を利用したノイズ除去アルゴリズムを適応するとショットノイズを若干改善することが可能です。

我々が開発したMiCAMの標準カメラでは、画素当り約100,000個の電荷が蓄積されます。従って、ショットノイズは飽和照度を100%として0.3%程度です。実験的に多くの試料で、16回程度のアベレージングと信号処理によって蛍光色素を用いた膜電位変化の観察の可能なことが確認されています。重要なのは、計測において光学系や光源が極めてシンプルであることです。光学系については5倍以上の倍率を利用するなら、普通の蛍光顕微鏡がほぼそのまま使用可能です。光源は150Wのハロゲンランプで十分です。輝度が普通なので長時間の連続照射が可能で、電磁シャッターなしでも可能です。(電磁シャッターの使用を推奨しますが。。。。) 低倍では、明るいマクロ蛍光顕微鏡が必要ですが、市販のレンズを組み合わせて容易に作ることができます。低倍率の光学系とのマッチングから見ると、MiCAMの標準センサーは小型過ぎるという場合があります。そこで、速度的には3msec程度に制限されますが、1/2や2/3インチセンサーを用いたカメラも順次提供して行きます。

MiCAMの単純な電気的性能は必ずしも世界最高ではありません。(例えば、PixelVision社の超高速カメラの方が多くの点で優秀であることを認めます。)ですが、MiCAMは実験で使えることは間違いありませんし、全体バランスのとれた装置であると自負しています。 生理実験に必要な機能を統合しているので、多くの研究者に目的の実験に最も近いソルーションを提供できると考えています。

追記:MiCAMをお使いになって、もし10倍のSNが必要だとお感じになられたら、同時に100倍の輝度が必要なことをお考えください。そして、その光源が10倍の安定度を要求することと、色素の脱色が10倍*から100倍の速さで進むことをお考えください。

(注:上記の記事は1998年に執筆されたものです。)